処女と童貞とファンタジーとリアル


激しい〈処女信仰〉は、悲しい〈童貞賛美〉の裏返しの叫び
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に対するなんとも言えないもどかしさをどこにぶつけようと考えていたのですが、ブクマコメでのやりとりで、ブログ主の意図が「中古という蔑視表現に対する不快感の表明」にあると聞かされて気勢を削がれてしまいました。
しかしだったら最初からそういう指摘にしておけばいいわけで、このエントリの内容は明らかに要らぬ余波を呼んでいますし意図が正確に伝わった様子は全くありません。



先に言っておくと今回のかんなぎ騒動、私としては特にショックを受けなかったため、当事者意識とは微妙なずれがあると思います。
ただ同種の話でショックを受けたことがないわけではなく、そういった意味での共感はあるため、多少は彼らの心理に近いことは言えるかも知れないと考えています。

そういう意味で、

「中古いらねー」「単行本捨てる」と書いてる人は、童貞をこじらせちゃった人です。ただ童貞なだけなら、好きなキャラが処女だろうが人妻だろうが、心は揺らぎませんが、自意識が膨張するあまりに童貞をこじらせてしまった人は、他の価値観をもこじらせてしまうのです。



非処女ありえない → 穢れない肉体こそ至高 → 穢れない自分の肉体も至高

処女を信仰することで、己の童貞を賛美する図式。

という思考が、今回のような騒ぎの背景にはない、ということは言えます。

というか(ブログ主の真意を知った今では分かりますが)これは単に非処女蔑視(とブログ主が受け取った意識)を童貞に裏返して揶揄するためだけに取り繕った図式だと思います。


今回のように「萌えキャラが実は処女じゃなかった」という来歴を明らかにされたとき、ショックを受ける心理の裏には、「そのキャラに対する恋心の破綻」はあるかも知れませんが「自己と対照化した上での劣等感」は考えにくいです。
「自分がどうあがいても関係をもてない相手と、関係を持った誰かがいる」ことに対する憤り、はあるかも知れませんが、それは自分が童貞である/なしは関係ないでしょう。



「ただ童貞なだけなら、好きなキャラが処女だろうが人妻だろうが、心は揺らぎません」とありますが、例えば童貞であっても人妻キャラや性経験豊富なキャラを好きになることもあるでしょう。
一方で、単に童貞を捨てただけで「好きだったキャラが実は処女でなかった」ショックに耐えうるほどの精神力がつくか?甚だ疑問です。

そう考えると上記の図式は、処女と対称化するつもりで童貞を持ち出し、非処女蔑視を童貞蔑視に置き換えて笑うためのお膳立てにしか見えません。

わかっているんですよ、どんなに処女信仰を激化したって、世間は童貞信仰には走りません。女性の未経験は一部で貴重がられても、男の未経験はガキ扱いされるだけ。世間が蔑むから、自分も卑下してしまうのだ。そんな風潮さえなければ、俺もこじらせずにすんだものを……ギギギ。

このあたりまで来ると、論理性も何もなく単なる童貞dis、というか処女信仰(という言葉もあまり良い言葉とは思えないが)への煽りです。
このような論を真に受けて喜ぶのはid:p_shirokuma氏のようなおっちょこちょいさんだけとは思いますが、ブログ主の意向は納得の行く心理分析ではなく単に処女信仰というものに対する罵倒でしょうからその意図は達成されていると言えます。

ブログ主が、単に不快感を発散する目的でこれを書いたのであれば仕方ありませんが、もし少しでも建設的な方向に話を進めたいのであれば、「中古女」という表現の蔑視性をもっときちんと表明するべきだったのではないかと私は思います。



ところで、上記ブログのコメント欄でも全く話が平行線になっていますが、オタクが「中古イラネ」というとき、イメージの中に現実の女性は入っているのか。この手の問題で「中古イラネ」という人間が、常に非処女女性を忌避しているのか。「中古イラネ」は果たしてキャラに向けられた発言なのか、作者に向けられた発言なのか。そしてこれら全てを含め、「中古イラネ」という言葉が外部を意識して発せられているか……というのは大きな問題と思います。

これは、処女問題に限らず、ロリコンにせよ創作内での女性虐待にせよAVでの顔射にせよ、根を同一にする問題でしょう。



コメント欄でのやりとりが平行線化するのは、イラネ派(良い言い方が見つからないのでもうこれで)があくまでこの問題を創作内でのキャラクターのありようとその消費の仕方と考えているのに対し、イラネ批判派は、童貞の無知を笑うにせよ蔑視を批判するにせよ、現実の問題と絡めて語っているからです。

イラネ派からすれば、ことは創作のキャラクター、もっと言えば、特定のそのヒロインに対する問題なわけです。なぜなら、ナギ様にショックを受ける人でもリンディ提督やスメラギさんに萌えることはできるからです。と、言ってしまうと、世の中には処女専みたいな人もいるらしいので、言い方を変えると、ヴィレッタさん萌えな人がナギ様にショックを受けることはありうるからです。
だから、「イラネ」というとき、多分彼の中では生の女性は想起されていない。女性一般の問題に敷衍してすらいない。
けれど、ひとたびイラネ派によって「中古」という言葉で問題が語られたとき、女性の側はそれを自分の側に引き寄せて考えざるを得ない。



これはロリコンが「女は14歳までじゃないと」と言ったりレイプものAV好きが「レイプ作品じゃないと興奮しない」と言ったり顔射好きが「やっぱりフィニッシュは顔射」と言ったりするとき、それを聞いた女性が不快に思うのと全く同じことでしょう。
いやもっと普遍化してもいい。「眼鏡萌え」という言葉が視力の弱い人に対して与える不快感。デブ専ハゲ専、ブルマ萌え、ニーソ萌え……あらゆるフェチズムが暴力的な視線を伴うことは自明のことです。



問題を相対化して埋没させようというわけではありません。現実の女性にとって、女性が「中古」と表現されることに憤りを感じるのはもっともだと思います。ならば、「童貞こじらせ」などという罵倒に罵倒を返すような仕方ではなく、「中古」という言葉の非人間性を訴えるべきではないでしょうか。

と、言ったところで、憤懣の発散のかたちとしてエントリを記すのが悪いことではないわけだし、気に入らない相手への罵倒にどのような表現を使おうが自由なのですが。この場合は淡々と論理の破綻と恣意性を指摘するだけで良いのかも知れません。



「イラネ」派がショックを受ける理由の是非自体については、ここで述べると散漫になりますので避けます。




ただ、補遺的に記されていた電影少女 恋編について一言述べておくとすれば。
主人公とヒロインに対しあのような関係性を設定し、恋(レン)にあのような台詞を語らせた作者の意図を慮ると、あれはジャンプの読者層(イコール、年齢問わず一般的な男性ということですが)の中でもそのような意識があるのではないか、という点を突いた訴えかけなのではないかと思います。
つまり、オタクや童貞のみならず一般的な漫画読者にとってヒロインの処女性は自明なものであるという先入観と、それを否定されたときのメタレベルでの反応について、作中で描いてみせているのではないかと。


もし恋編の打ち切りが、ヒロインが処女だったことにあるのではなく、主人公への共感のしにくさにあったのだとすれば、この「処女性の尊重という心性」は否定されることになるのでしょうが、恋の台詞にしろ週刊連載最終回になって出てきたものであり、その辺の判断はなんともし難いところがあります。




恋編については、「援助交際」という言葉がまだメディアに露出する以前の時代の作品で「金でやらせてくれるという噂の立っているヒロイン」という大胆な設定を持ってきたこともあり、プラトニックを感じさせる主人公たちの関係性に性の問題を持ち込み、この先どう葛藤を深めて行ってくれるか、楽しみにしていた作品だったので、打ち切りは残念だったのを覚えています。
(あい編と比べて絵のタッチを変えるなど作者がかなり意欲的であったことを窺わせる面も。というか、あい編はBOOK OFFで集めちゃったけど恋編は新刊で買うくらい好きだったんですが当時)







追記:
あちらのエントリのコメント欄でブログ主の追加コメントがされておりましたね。

元々ブログ主のスタンスを伺っていたので真面目に反論する気になれなかったのですが、下記コメントを読んで、本気で突っ込んで反論しなくて良かったと思いました。

過剰な否定、叩きは、「見苦しい」と否定、叩かれる可能性もあります。この記事では叩いたのでなくpgrしただけなんですけど……伝わりづらかったようで申し訳ないです。

(強調部は私)

尚、あのエントリ自体はあくまで二次元作品に対して言及したものだという表明もされていました。

もちろん、この記事は「2次の女性キャラを中古といった」件について書いてますよ。
2次元は2次元の楽しみ方がありますが、「所詮2次元じゃないか」という言葉は、物語を軽んじているので好きではありませんね。
あと、漫画の女の子が中古呼ばわりされてるの見て実際に怒る女性は、かなり少ないんじゃないでしょうか。「女性蔑視ヒドイ!」じゃなくて「うわぁ……」が主な反応だと予想。祭を見て「自分もこの人たちに中古と罵倒される?」と危惧するかというと、「まぁ、そんな場面は訪れないわな」と悟るわけで。でも、嘲笑ぐらいはしまっせ!

マンガのキャラが中古呼ばわりされていたとして、現実に引き寄せて危惧・嫌悪を抱く女性は少ないのではないか、という見解は、女性側からの視点として興味深いです。
(もちろんそれが中古呼ばわりの免罪符になるとは思いませんよ)